siteLogo
  • TEL : 03-3441-8971
  • FAX : 03-3441-8702

住職の言葉

「今月の言葉」や「法話」一覧ページです。
住職:長谷川岱潤

住職の言葉 - 一覧


2023年3月1日 - ≪法話

3月のお話

 戒法寺ホームページをご覧頂きありがとうございます。
 烏兎匆々とはいうものの、もう三月を迎えてしまいました。時間の経過が早く感じられるのは、歳をとった証拠でしょう。
 今月はお彼岸の月です。この「彼岸」という言葉、仏教の教えの基本とも言えます。そもそも佛教は私たちのいるこちら側「此岸」から、悟りの世界「彼岸」を目指す教えです。「此岸から彼岸」という言い回しは、東京の人間には不向きです。江戸弁はこの「シ」と「ヒ」の区別ができません。そこでインドの言葉にして「サハーからパーラム」と言いたくなります。このサハーを中国の人は娑婆と音写し忍土と訳し、パーラムを波羅蜜と音写し悟りの世界としました。波羅蜜多は、パーラムイターで、悟りの世界に行くと言う意味です。有名な般若心経は、正式には摩詞般若波羅蜜多心経となり、意味としてはお悟りの世界に行くための偉大な智慧の中心となるお経となります。私たちのいる世界は忍土で、苦しみを耐え忍ぶ世界ということです。だからお悟りの世界に行かなければ安らぎは得られないというのが佛教です。
 『観無量壽経』というお経があります。浄土宗が大事にしている三つの経典のひとつです。このお経はお釈迦様在世の時代にインドのマカダ国でおきた王家の悲劇の物語が題材です。王子に恵まれなかったビンビサーラ王とイダイケ夫人が占い師に尋ねると、今修行中の行者が三年後死んで生まれ変わると王子が誕生するという。王夫婦はその三年が待てず、行者を殺して王子を誕生させるが、占い師はこの王子は成人になった時王を殺すと予告する。王夫婦は怖くなり生まれたばかりの子を鉄塔から投げ捨てるが、指をけがするだけで助かり、育てることとなった。成人になったアジャセはお釈迦様の弟子ダイバダッタに自分の生い立ちを聞き、即座に王を幽閉する。夫人は毎日自らの身体に蜜を塗り王に与えていると、アジャセは母をも幽閉してしまう。大臣は父殺しの王子はいても母殺しの王子はいないと説得し、母の幽閉は解かれる。そして母の言葉を聞き、父も許す気持ちになったアジャセは、使いを父の元に送るが、父はその足音を聞き、いよいよ殺しに来たと勘違いし、子供に父殺しはさせたくないと自ら命を絶ってしまう。母イダイケは悲しみの中で釈尊を呼び説法を願い、その時説かれたのがこの『観無量壽経』です。誰もが罪を犯し、誰もが悲しみの世界に沈淪してしまう現実のこの世では、阿弥陀仏に救いを求めることでしか生きる力を得られないことを説いています。そして後生では必ず安らかなお浄土に生まれ、みんなと楽しく過ごすことが説かれています。悲しみの先に光が見えることは、大きな力となるのです。

合 掌

2023年2月1日 - ≪法話

2月のお話

 ホームページをご覧頂きありがとうございます。今月は弟子の岱忠が担当させて頂きます。日本海側では大雪が降り、普段あまり積もらない地域でも雪に悩まされた一月末となり、暦通りの厳しい寒さとなりました。まだまだ寒さが続く日々となりそうです。燃料費・電気代等高騰しておりますが、お身体を第一に考えどうぞご自愛くださいませ。
 この二月は仏教徒にとっては大切な日がございます。お釈迦さまお誕生の四月八日の「灌仏会」(または花まつり・降誕会など)、おさとりを開かれた十二月八日の「成道会」、80年の生涯をとじられた二月十五日の「涅槃会」、この三つの法会を三大法会とし全国各地の寺院で修せられます。
 この涅槃とは、「さとり」と同じ意味をもっている言葉で、サンスクリット語の「ニルヴァーナ」を語源とし、迷いの火を吹き消した状態であり、輪廻から離れたことを指します。迷いの根源である肉体から煩悩の火が吹き消されたということです。苦の根源である煩悩が心身ともに「滅」の状態に入ったことから入滅とも呼ばれます。
 当寺でも、涅槃図を掲げ、二本の沙羅の木の間でお釈迦様が最後に頭を北に西を向いて横たわられて、沢山のお弟子さんに見送られて亡くなっているお姿の絵図をみることができます。
お釈迦さまの遺言ともいえる有名な教えがあります。

私がなきあとは、今まで教えてきた法を灯明とし、自らを灯明とせよ

という教訓でした。お釈迦さまの教え(法)が私自身の支えとなる明かりであるといこと、また、私自身の人生の営みのなかで培ってきた自分自身を拠り処にせよと、そして

この世のことはすべてうつろい、永遠なるものは一つとしてない。怠ることなく一生懸命につとめよ

という言葉をお釈迦さまは最後に残されました。私たちすべては、常に移り変わるからこそ一つ一つが尊く、大切な経験となり、自身を信じ正しく歩みなさいとおっしゃっているのだと思います。そしてその思いをつなげていくことが、お釈迦さまの教えが私たちの心の中に生き続けるということなのではないでしょうか。
 自身を振り返ってみますと、先月初めに不注意から右手中指を負傷し、皆様に助けられて生活してまいりました。傷による痛みと、できないことのもどかしさを感じながら過ごしてきましたが、その時々にいろいろな方々のやさしさに触れ、支えられてきたことを忘れずに、傷が癒えて普段の生活に戻ったとしても、このやさしさを次につなげてゆきたいと思います。あるものが変化し移り変わるからこそ得られる思いであり、その変化から生まれた思いを信じ、仏の教えとともにあせらず一歩一歩着実に歩んでゆきたいと思います。

合 掌

2023年2月1日 - ≪今月の言葉

南無阿弥陀仏 生死輪廻の根を断たば
  身をも命も 惜しむべきかは  徳本行者

これは徳本行者の辞世の句で、
江戸末期の高僧で昼夜を問わず念仏に打ち込む念仏行者。
関東や東海、北陸にも足を運び「生き仏」と称されました。
戒法寺にも仏足石とともにその「御名号」石碑がございます。
来寺の際にはどうぞお参りください。

2023年1月1日 - ≪今月の言葉

輪飾りをかけてもらひてかしく墓  清崎敏郎

 お正月はお墓にも松や千両が入り賑やかになる。

お墓に輪飾りをする習慣は東京にはないが、

先祖と共に正月を祝うのも一興かもしれない。

お墓は、私たちのふるさとだから。

2023年1月1日 - ≪法話

1月のお話

 あけましておめでとうございます
 戒法寺ホームページをご覧頂きありがとうございます。
 年改まり令和五年がスタートしました。今年もよろしくお願いいたします。
 毎年暮れの30日に高校卒業後、仲のよい四,五人の仲間で同窓会の忘年会を行い、その年の自分たちにおきた重大ニュースを一位から十位まで順位を付けて記録してきました。その会が昨年五十回目を迎えました。決まり事は上位はおめでたいことにすることとしてきました。若いときは結婚だとか、子供が生まれたとか、課長になったとか、そんなニュースが必ずあったのですが、最近は誰々の家何事もなく平穏というニュースが多くなり、何事もないことが幸せなのだということを感じるようになりました。
 お正月には寺は「修正会」という法要を行います。この法要の起こりは奈良時代に東大寺などで行われた「吉祥悔過法要」が源流といわれています。この法要は「吉祥天」を本尊として、天下泰平、除災招福を祈るもので、現在でも薬師寺などで行われているようです。
 このご本尊とされる吉祥天は、元はインドのヒンドゥー教の女神ラクシュミー、幸福と智慧をつかさどる神さまで、繁栄と幸運をもたらす功徳天です。そしておもしろいのは吉祥天には双子の姉妹がいて、妹は災難と不幸をもたらす黒耳天という貧乏神です。そしてこの姉妹はいつも一緒に行動しているというのです。
 家を訪問すると最初に吉祥天が顔を出します、「私は幸運をもたらす功徳天よ」と言うと、家主が喜んで中に入るように言います。すると後ろから黒耳天がくっついてきます。「お前ななんだと」言うと「私は不幸をもたらす貧乏神よ」言います。家主は「冗談じゃない、とっとと出て行け」と言うと、先に入った吉祥天も「私たち姉妹なの、一緒じゃないとだめなの」と言って出て行ってしまう。
 そんなお話が経典には書かれています。幸福と不幸はあざなえる縄の如しと言いますが、良いことばかりを求めても、必ず悪いこともおきると言うことが昔から言われているようです。
 「一年の計は元旦にあり」などとよく言いますが、正月気分というのは、日常生活の気持ちとはちょっと違って、一種の興奮状態とも言えます。だからあまり殊勝なことは考えない方が良いでしょう。 欲を持つことが全て悪いことだとは佛教では言いません。それがどういう縁と結びつくかで良くも悪くもなります。だから吉祥天にお願いすることも良いことでしょう。でも何よりもの幸せは、平穏なことのような気がしてきました。

合 掌

2022年12月1日 - ≪今月の言葉

いそがしく 時計の動く 師走哉  正岡子規

ゆとりのないときこそ
お念仏を称えこころを穏やかに
わが身を振り返り
明日の期待へ繋げたい